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新入生のデーター、戦績、ポジション別の選手パスワードなど、実況パワフルプロ野球15の栄冠ナインをつづったブログです。
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3年連続で10人が入部し、チーム史上初めて部員がMAXの30人になったかも? 投手は質そのものはあまり良い感じではないが、悪い特殊能力もないので誰がエースになってもおかしくない。 野手も特殊能力が充実しているとはいえないが、一昨年の世代、つまり今年の3年生とほぼ同じくらいの水準で、能力的にはかなり良いほう。去年の世代と比較すると、パワーで+11、他の能力値が約+0.3。 個別で見ると、高野が一番優秀。桑島、宮本もなかなか良いがこの2人は同ポジションなので宮本はコンバートすることになる。内田と喜多も同ポジションだが、内田はエラー持ち、喜多はパワーはこの世代でトップの数字だが、能力がかなり下回る。どちらを優先すべきか悩むところ。
春の甲子園で負けたので、評判は強豪に下がったが、総合戦力は意外性が大きくアップしたぶん、Bに上がった。 今年の3年生の世代は入部当初の能力が高いので、どこまで成長するか楽しみ。ただ、昨年は春を制したのに、夏にコロッと負けてしまったので、今年はそんなことにならないことを祈る。 PR 入部当初の能力は平均以下だったので、1年目はまったく出番なし。それでも上級生の不調もあり、2年の夏はスタメンの座を得る。初戦がノーヒットだっただけで以降は毎試合ヒット、3割5分、3打点となかなかの打率を残す。甲子園でも2回戦まではヒットが出なかったが、3回戦で2ランを含む3安打、以降の3試合でもヒットを放つ。決勝では2本のタイムリーで甲子園を制覇した。秋から3番を任され、初戦は犠飛で1打点に1安打も、以降2試合は無安打。しかし地区大会2回戦では先制3ランを含む2安打。甲子園では2試合連続3打点、その後2試合でも打点を挙げ、ヒットも3試合でマルチを記録。決勝は無安打に終わったが、中軸打者としてはじゅうぶんな働きを見せた。3年の夏も3番を任されたが初戦はノーヒット、3回戦で2ランを放ったが準々決勝もノーヒットに終わり、チームも敗退。元が元だけに能力的にはパッとしないが、本塁打、打点は同期の中でトップの数字。 能力的には平凡レベルだったがポジションが空いていたこともあり、1年の秋からレギュラー。しかし、都大会、地区大会を通じて、ヒットを打ったのは再試合となった1試合で打った1本のみ。甲子園でも四球で出塁こそしたものの、初戦から3試合連続無安打、準決勝と決勝でようやくヒットが出たがあまり戦力にはならなかった。2年の夏も8番で起用され、初戦で1安打1四球、2回戦で初のタイムリーを含む2安打、以降は打ったり打たなかったりを交互に繰り返したが、打率は2割5分と下位打線ということを考えれば、まずまずと思える数字を残す。 甲子園では初戦は無安打だったが、2回戦で2安打、3回戦では2点タイムリーを放つ活躍を見せたが、以降の3試合ではヒット1本と尻すぼみに終わる。秋からは2番を任され初戦は1安打1四球2盗塁と期待通りの働きをしてくれたが、2回戦では3三振と不甲斐ない結果に。しかし地区大会へ進むと初戦でタイムリーを含む3安打、2回戦も1安打1盗塁とすぐに持ち直した。甲子園では初戦で2安打1四球2盗塁、以降3試合では1安打ながらもいずれもタイムリーとチャンスで結果を出す。しかし決勝は無安打に終わり、打率じたいは低かった。3年の夏も2番を任され、3試合連続2安打とヒット量産の気配を見せたがチームが敗退。じゅうぶん育成する前に試合に出ざるを得なかったため打率は同期の中で最低だが、10打点、12盗塁は同期の中で2位の数字。 能力は悪くなかったが、パワーだけが極端に低く、また、ポジションも空きがなかったので、走力重視で育成に専念。これが功を奏し、春の甲子園では代走として起用され、2試合で4盗塁を記録。2年の夏も引き続き代走要員となり、予選で4試合、甲子園で3試合、計9盗塁とチームの勝利に貢献した。下級生に任せられる選手がいなかったこともあり、二塁手へコンバート。秋から1番を任される。初戦は無安打ながらも1盗塁、以降3試合連続ヒット、盗塁も3試合で4盗塁決め、1番としてはまずまずの結果。春の甲子園では準決勝までの4試合でマルチヒットと盗塁を記録、決勝もヒット1本を放ち、4割7分8厘、5盗塁と甲子園制覇へチームを引っ張った。3年の夏も1番を任され、3試合連続ヒットもチームは敗退。通算打率3割5分2厘、盗塁数23は同期の中で最多だったが打点は0と、ドラフト指名された選手としてはおそらく初となる珍しいケース。 この世代のエースとして期待され、1年の夏からベンチ入りを果たす。予選は初戦でワンポイント起用されただけだったが、甲子園では3回戦と準々決勝の2試合に登板、いずれも無失点に抑えている。秋の都大会2回戦で先発、7回途中までを無失点に抑え勝利。初めての甲子園では初戦以外は全試合に登板。準々決勝では4イニングス無失点とロングリリーフもこなした。 2年の夏の予選では準々決勝までの4試合に先発。初戦で1失点しただけで、以降は無失点。甲子園では準決勝以外はすべて登板、救援に失敗するシーンもあったが、自責点そのものは0と大崩れすることはなかった。 秋は抑え役にまわり4試合全てに登板、失点を許すことはなかった。春の甲子園では先発を任され、チームが大量点を奪ってくれたこともあり無理をすることなく勝ち進む。決勝は一転して味方打線が抑え込まれるが、辛抱強く投げ、春の甲子園では初となる2連覇を達成した。スカウトからはじゅうぶんすぎるほどの評価を得ていたので、3年の夏は再び抑え役に回ったが、チームが準々決勝で敗退するという予想外のじたいにみまわれ、育成の最後の追い込み時期を失す。 |
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